メジャーリーグで二刀流の選手として大活躍している大谷翔平さん。
そんな大谷翔平さんの母親は大谷加代子さんです。
その加代子さんについて
今回は
- 大谷加代子のwikiプロフィール
- 大谷加代子の経歴
- 大谷家の家族構成
- 大谷翔平とのエピソード
以上の4つについて書いていきます。
大谷加代子(大谷翔平の母)のwikiプロフィール

名前(ふりがな) | 大谷 佳代子(おおたに かよこ) |
---|---|
生年月日 | 1963年(59歳) |
出身地 | 神奈川県 横浜市 |
身長 | 170cm |
旧姓
加代子さんの旧姓について調べましたが、わかりませんでした。
しかし、ネット上では「丸山」などの苗字が候補として挙げられています。
ネット上で挙がっている苗字は信憑性がないので、実際のところはわかっていません。
身長
加代子さんの身長は、170cmのようです。
成人女性の平均身長が158cm前後なので、かなり身長は高い方だと言えますね。
実家
加代子さんの出身地は神奈川県の横浜市で、実家は横浜市の旭区鶴ヶ峰だそうです。
現在の仕事
加代子さんは、大谷翔平さんが小学生になるころに家族で岩手に引っ越してから焼肉屋でパートをしていたようです。
しかし、パートは2018年に辞めています。
大谷翔平さんが2015年に加代子さんにいつまで稼ぐのか聞いたことがあったそうですか、加代子さんは
「自分たちの生活は自分たちでなんとかする」
と話していたそうで、プロで活躍していた大谷翔平さんには頼りたくはないようです。
このことから現在もどこかでパートなどをして働いていると思われます。
大谷加代子の経歴

加代子さんには、どのような経歴があるのでしょうか。
加代子さんの経歴について書いていきます。
高校時代
加代子さんの出身高校は神奈川県立横浜立野高校です。
加代子さんは、中学生のときにバドミントンで全国大会に出場し、準優勝するほどの実力があったため、バドミントンでインターハイの常連校である横浜立野高校に進学したと思われます。
横浜立野高校を卒業した有名人を紹介します。
- 喜田拓也:プロサッカー選手
- 坂井宏朱:オートレース選手
- 山口真理恵:ラグビー選手
- 喜多建介:ASIAN KUNG-FU GENERATION
- 喜多建介:ギタリスト・ボーカル(ASIAN KANG-FU GENERATION)
- 高橋雅也(株式会社ソフト・オン・デマンド創立者、元 代表取締役社長 , 有限会社国立ファーム創立者、代表取締役
- 佐々木諒太:サックス奏者・作曲家
以上の7名の有名人を輩出しています。
三菱重工横浜時代
高校卒業後は、三菱重工横浜に就職しました。
三菱重工横浜は、当時だと少なかったバドミントン部があり、その部の顧問が高校時代のバドミントン部の顧問の先生だったことから入社したようです。
そして、入社して1年目に現在の夫である徹さんに出会いました。
徹さんは、三菱重工横浜で働いていて、野球部に所属していました。
当時の三菱重工横浜では、新入社員は野球部の応援をさせられるらしく、その結団式のような集まりの中で知り合って、2人は仲を深めていき、結婚まで至ったようです。
大谷家の家族構成

大谷家の家族構成は、父親と母親、姉と兄に大谷翔平の5人家族です。
大谷家の家族についてそれぞれ書いていきます。
父:大谷徹さん

父親は大谷徹さんです。
徹さんは三菱重工横浜で社会人野球をしていました。
その後は岩手県に家族で引っ越した後に自動車メーカーに就職しました。
2016年には退職しており、現在は金ケ崎リトルシニアで監督を務めているようです。
姉

姉は高校時代にバレーボール選手として活躍した大谷結香さんです。
結香さんの素顔が判明した時は美人だと話題になったようです。
黒髪ロングがよく似合う素敵な女性ですね。
兄

兄は社会人野球で活躍している大谷龍太さんです。
龍太さんは、高校時代に野球部には所属せずに水沢駒形野球倶楽部に所属して野球をしていました。
高校卒業後はトヨタ自動車に就職し、トヨタ自動車の硬式野球部でコーチ兼外野手として活躍しているようです。
大谷翔平

大谷翔平さんは、メジャーリーグでピッチャーとしてもバッターとしても大活躍している二刀流の選手です。
現在でも日本を代表する選手ですが、これからのさらなる活躍が期待されています。
大谷翔平とのエピソード
加代子さんと大谷翔平さんにはどのようなエピソードがあるのでしょうか。
加代子さんと大谷翔平さんのエピソードを書いていきます。
食事を工夫
大谷翔平は幼い頃は偏食だったようですが、加代子さんは給食でしっかり栄養を取っているから大丈夫だと考えており、特に叱ったりすることはなかったそうです。
大谷家では
- 食事は父親が帰って来てからみんなで食べる
- 休日はホットプレートを使って食事をする
といったように楽しく食事ができるように工夫をしていたようです。
謙虚さは母譲り
大谷翔平さんはとても謙虚な方ですが、この謙虚さは母親譲りだそうです。
大谷翔平さんが高校卒業後から所属していた日本ハムファイターズのチームドクターは加代子さんについて
「ずっとニコニコしていて、とっても感じのいいお母さんでした。」
と話していたそうです。
4年前の渡米直前、大谷は足の手術のため土屋先生の病院に入院した。当時を振り返ってこう語る。
「彼が入院中は、いつもお母さんが病室にいましたね。ずっとニコニコしていて控えめで、とっても感じのいいお母さんでした。大谷選手とは離れて暮らしていたでしょうから、入院中だけでも息子と過ごしたいという気持ちもあったかもわかりませんね。泊まり込みで付き添う日もあったんじゃないかと思います」
いつも笑顔で感じがよくてーー。大谷の“人柄のよさ”は母から受け継いだものかもしれない。
また、大谷翔平さんがいくら稼いでいたとしても頼らないで生活をしていくという謙虚な姿勢をしており、この謙虚さが大谷翔平さんにも受け継がれたのだと思います。
「子供は翔平だけではありません。お兄ちゃん(龍太=27)、お姉ちゃん(結香=22)は自分で働いたおカネで生活しているし、これからしていくわけです。なのに、わたしたちが翔平におんぶにだっこというのは、お兄ちゃん、お姉ちゃんの目から見たらどうだろうと。やっぱり自分たちの暮らしは自分たちで……」
(2ページ目)<最終回>自分たちの暮らしは自分たちで|野球|日刊ゲンダイDIGITAL (nikkan-gendai.com)
いくつになっても心配
加代子さんは現在でも大谷翔平さんが試合に出る時は心配で見ていられないのだそうです。
大谷翔平さんが出場している試合はテレビでもたびたび放送していますが、加代子さんが試合を見ずに外出しているようです。
どんなに有名になっても自分の子供であることはいつまで経っても変わらないので心配になってしまうのかもしれませんね。
母の日の写真が素敵すぎる
メジャーリーグでは、毎年母の日になると電光掲示板に母親の写真が映し出されています。
2021年5月には大谷翔平さんが入園した時の写真が映し出されて、青い服に黄色い帽子がアメリカで大きな話題となりました。

まとめ
今回は大谷加代子さんについて書いてきました。
加代子さんに素晴らしい人柄の方でした。
加代子さんの人柄があってこそ今の大谷翔平さんがあるのだと思います。
これからも大谷翔平さんやその兄弟を支えてほしいですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
